はじめに
普段鉄道を利用していたり、あるいはローカル線に乗車したりした時、路線によってホームの高さが異なることがあるのに気づく方も多いかもしれません。実は、旧国鉄のホームの高さの規格は2種類(1966年以前は3種類)あり、これが現在のJRでも踏襲されており、車両運用にも大きな影響を与えています。本記事では、旧国鉄のホーム高さの規格について解説した上で、ホーム高さの違いが車両運用にどのように影響しているのか実例を紹介します。
普段鉄道を利用していたり、あるいはローカル線に乗車したりした時、路線によってホームの高さが異なることがあるのに気づく方も多いかもしれません。実は、旧国鉄のホームの高さの規格は2種類(1966年以前は3種類)あり、これが現在のJRでも踏襲されており、車両運用にも大きな影響を与えています。本記事では、旧国鉄のホーム高さの規格について解説した上で、ホーム高さの違いが車両運用にどのように影響しているのか実例を紹介します。
旧国鉄のホーム高さは、1929年制定の国有鉄道建設規程という法令で規定されており、ステップのない車両に使用する場合は1100mm、その他の場合は920mm(いずれも軌条面からの高さ)の2種類の規格がありました。
第三十七条 (略)④ 乗降場ノ軌条面ヨリノ高サハ主トシテ踏段ヲ備ヘザル客車ニ使用スル場合ハ千百粍、其ノ他ノ場合ハ九百二十粍トス日本国有鉄道建設規程(昭和4年鉄道省令第2号) ※1985年時点
ちなみに、1966(昭和41)年の改正以前は、原則760mmとした上で電車専用のホームは1100mm、電車とその他の車両が共用するホームは920mmと規定されていました。760mmという低い高さは、建設費の削減と乗降の便を両立するため客車のステップが1段のままでも乗降できる範囲で最も低い高さを採用したものです。一方、電車のみが使用するホームは電車の床面高さに近い1100mm、電車とその他の車両の両方が共用するホームはステップの有無にかかわらず乗降しやすいよう920mmとされました。
第三十七條 (略)④ 乗降場ノ高サハ軌條面ヨリ七百六十粍トス但シ電車專用ノ場合ニ於テハ千百粍、電車及其ノ他ノ列車ニ共用スル場合ニ於テハ九百二十粍トス国有鉄道建設規程(昭和4年鉄道省令第2号) ※『国有鉄道建設規程解説』国有鉄道建設規程改正委員会幹事編(1930)による
まとめると、次のようになります。
1966年以前 | 1966年以降 | ||
---|---|---|---|
原則 | 760mm | - | - |
電車客車共用 | 920mm | 原則 | 920mm |
電車専用 | 1100mm | ステップ無 | 1100mm |
このように、ホーム高さ760mmの規格は1966年に廃止されていますが、日本各地に高さ760mmのホームは少なからず残存しています。都市圏のホーム高さは概ね1100mmに統一されているものの、地方線区では1100mmと920mm、さらに旧規格の760mmが混在しており、車両運用に少なくない影響を与えています。
ちなみに、国有鉄道建設規程の制定以前の明治時代に開業した線区や私鉄を買収した線区など、上記規格に定められていない高さのホームが建設された線区もあると考えられます。実際、「3種類のホーム高さ」の図の写真は1884年に開業した高崎駅のホームですが、高さ760mmのホームのさらに下に高さ400~500mm程度の古いホームが確認できます(※記事初出時、駅名が誤っておりました。大変失礼いたしました)。
国鉄の分割・民営化に伴い、国有鉄道建設規程は廃止されプラットホームの高さを定める規定は政府が定める法令からは消滅しました(もちろん、各鉄道事業者の内部でホームの高さに関する基準が定められていることを否定しません)。一方で、プラットホームの高さは、車両の床面またはステップの高さ以下でなるべく差を小さくしなければならないことが普通鉄道構造規則にて定められました。
(プラットホーム)第三十三条 (略)2 プラットホームの高さと旅客車の床面又は踏み段の高さとの差は、できる限り小さくしなければならない。この場合において、プラットホームの高さは、旅客の安全かつ円滑な乗降に支障を及ぼすおそれのないときを除き、旅客車の床面又は踏み段の高さ以下としなければならない。普通鉄道構造規則(昭和62年運輸省令第14号)
さらに、近年求められるようになったバリアフリーの要請により、「鉄道に関する技術上の基準を定める省令の解釈基準」でも同様の規定が引き継がれているほか、ステップの大きさに関する基準も定められています(移動等円滑化基準も参照)。
Ⅳ-2 第36条(プラットホーム)関係
プラットホームは、旅客の利用の安全に支障を及ぼすおそれのないものであって、次の基準に適合するものであること。
- (5) 列車の速度、運転本数、運行形態等に応じ、プラットホーム上の旅客の安全を確保するため、次のとおりとする。
- ① 第7条の規定のうち、一般の旅客に対しても、安全上の観点から必要なものとして、次によることを標準とする。
- (ア) プラットホームと車両の旅客用乗降口の床面とは、できる限り平らであること。
Ⅷ-10 第74条(旅客用乗降口の構造)関係
〔基本項目〕
- 2 旅客用乗降口の構造及び機能は、以下のとおりとする。
- (4) 旅客用乗降口の床面の高さとプラットホームの高さは、できる限り平らであること。
〔普通鉄道〕
- 7 基本項目によるほか、以下のとおりとする。
- (1) 旅客用乗降口の床面の高さがやむを得ずプラットホームから380㎜を超える車両(空車状態)においては、踏み段を設けること。この場合一段の高さは380㎜以下、有効奥行は260㎜以上とすること。また、く形以外の踏み段とする場合は、その形状は幅350㎜、奥行き260㎜のく形を包含できること。
- (2) 踏み段を設けた旅客用乗降口においては、以下のとおりとする。
- ① 踏み段の高さは、プラットホームの高さ以上であること。ただし、旅客の安全かつ円滑な乗降に支障を及ぼすおそれのない場合は、この限りでない。
鉄道に関する技術上の基準を定める省令の解釈基準
また、国土交通省の「バリアフリー整備ガイドライン」では、段差縮小のためプラットホームの嵩上げを行う場合にはプラットホーム全体あるいは一定の区域において行い、縁端部のみの嵩上げはホームドア設置個所に限ることとされています。これは、ホームの縁端部のみの嵩上げでは乗客がつまづいて転落する危険があるためです。また、ホームの高さより車両の床面の高さが低くなる「逆段差」は安全上2cmに留める必要があること、車両の空満差や車輪摩耗による車両高さの変動が最大5cm程度であることを加味し、車両の床面高さはホームの高さより3cm高くするのを目安とするとされています。
このように、鉄道草創期から国鉄分割民営化までは鉄道建設費と旅客の利便性を両立するために主に乗り入れる車両の種別によりホームの高さが規定されていたのに対し、分割民営化以降は乗客の利便性を重視し、ホームと車両の段差に関する規制が主になったといえます。
ホーム高さは、次のような点で車両運用に影響を与えます(例外あり)。
ホーム高さ | ステップのない車両 | 低床車・ステップ付き車両 |
---|---|---|
760mm | 原則客扱いしない | 客扱い可 |
920mm | 客扱い可 | 客扱い可 |
1100mm | 客扱い可 | 逆段差ができる場合は原則客扱いしない |
いずれも、安全面が理由です。国鉄時代の客車・電車の床面高さは長らく1180mm(以上)とされてきたため、ホームの高さが760mmの駅では床面とホームの差が380mmを超えるので、ステップがなければ客扱いを行うことができません。一方、近年の電車(JR東日本ではE531系以降)では床面高さが1130mmに引き下げられたため、床面とホームの差は370mmとなり、ルール上はステップがなくても客扱いを行うことができることになります。しかし、いくらルール上問題ないとしても現実問題として高さ370mmも段差があれば健康な大人でも少々乗降しにくいと思われ、ホームの高さが760mmの駅での客扱いは避けられているのが実情だと思います。
また、ステップや床面の高さよりホームの高さが高い「逆段差」の場合、旅客が乗降の際に高い床、低いステップ、高いホームという順番で通ることになって足を引っかけて転倒してしまう可能性があります。ただ、ホーム高さ1100mmの各駅に発着する「SLみなかみ」の旧形客車や12系客車(いずれも1100mmより若干低いステップがある)など例外はあります。
このような事情のため、ホーム高さ1100mmの駅に停車する列車に使用される車両のステップが埋められる例があります。有名なのはかつて新潟車両センターに所属していた485系です。同センターには十数編成の485系が所属していましたが、快速「ムーンライトえちご」や「くびき野」でホーム高さが1100mmの首都圏や春日山駅に乗り入れる編成はステップが埋められる処置がなされていました。一方、「いなほ」などで使用される場合は当時ホーム高さ760mmの駅が存在したため、ステップのある状態で運用されていました。このほか、東日本大震災時の仙石線仮復旧で同線に乗り入れたキハ110系、名古屋駅に乗り入れる運用があった武豊線キハ25系、烏山線のキハ40形など安全上の理由でステップを埋めた車両がいくつかあります。
低床車であるE721系の運用も、ホーム高さで制約されています。東日本大震災以前、常磐線ではいわき駅以北で交流型電車の運用がありましたが、2020年3月の全線復旧以降は原ノ町駅以北のみとなっています。これは、津波被害からの復旧工事で新たに建設された富岡駅などのホーム高さが1100mmであり、低床車やステップのある701系などの乗り入れが困難であることも理由の一つだと考えられます(というより、同駅では一旦高さ920mmで竣工したホームの線路を掘り下げて高さ1100mmに改修しているので、交流型電車が乗り入れない運行形態となることからこのような設備となった、という見方の方が正確かもしれません)。
このほか、珍しいところでは、急行「能登」などで上野駅に乗り入れていたJR西日本金沢総合車両所所属の489系は、ホーム高さ1100mmの地上ホームに乗り入れる際にステップを埋める代わりに専用の踏板を使用していました。
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