【石炭から水素へ】扇町駅の水素供給設備

【石炭から水素へ】扇町駅の水素供給設備

扇町駅

扇町駅は、神奈川県川崎市の臨海工業地帯に位置する鶴見線の終着駅です。利用客の大半は沿線の工場に通勤する従業員で、このため朝夕のラッシュ時は十数分間隔で普通列車が発着する一方で日中は2時間間隔となる時間帯もあり、駅舎に野良猫が集う工業地帯のローカル駅としても知られています。

扇町駅ホーム
扇町駅ホーム

この扇町駅で、最近いくつか大きな動きがありました。以下詳しく解説していきます。

鶴見線配線略図(抜粋)
鶴見線配線略図(抜粋)

扇町駅の構内は片面の旅客ホームに面する線路のほか数本の貨物列車用発着線等があります。かつて貨物輸送は通勤客輸送とともに扇町駅の重要な役割でしたが、車扱貨物の衰退に伴い取り扱いは減少しています。最近まで残っていた輸送は昭和電工専用線から同じ鶴見線の大川駅へ発送される液化塩素三井埠頭専用線から秩父鉄道三ヶ尻駅に向けて発送される石炭でしたが、前者は2008年の化学薬品車扱輸送の整理に伴い廃止されました。そして、2020年2月には三ヶ尻駅への石炭輸送もトラック輸送に切り替えられ廃止されました。これに先立つ2019年には荷主の太平洋セメントが二酸化炭素排出量削減のためセメント製造工程での石炭使用量を削減すると報道されていました。石炭貨物列車の廃止に伴い、扇町駅を発着する定期貨物列車は全廃されたことになります。

現在の扇町駅では、梶ケ谷貨物ターミナル駅発送のリニア中央新幹線の残土が臨時列車で到着しています。この輸送もリニア中央新幹線のトンネル掘削が一段落すれば廃止される可能性が高く、貨物駅として1928年に開業して以来100年近い歴史をもつ扇町駅の貨物取扱は風前の灯火となっています。

2021年現在の扇町駅構内
2021年現在の扇町駅構内

水素ハイブリッド車両の実証実験

そんな扇町駅ですが、水素社会の実現に向けて新たな役割を担うことになったようです。JR東日本では2050年度のCO2排出量実質ゼロに向けて様々な取り組みを進めていますが、この一環で鶴見線・南武支線(尻手~浜川崎間)などで水素ハイブリッド車の実証実験を行うことを発表しています。車両はFV-E991系"HYBARI"で、鉄道用ハイブリッド駆動システムを開発する日立製作所及び燃料電池の技術を有するトヨタ自動車と連携して開発されます。

なぜ電車運転が行われている鶴見線・南武支線をわざわざ水素ハイブリッド車に置き換えるかというと、架線や電力供給設備のメンテナンスコストを削減する意図があります。実際、2019年の日刊工業新聞の報道には「通勤路線の架線レス化」という記述があります。

JR東は燃料電池列車を、設備のメンテナンス軽減や環境負荷の低減を念頭に、非電化区間におけるディーゼル車両の代替や通勤路線の架線レス化に活用したい考え。

JR東のハイブリッド試験車両はハイドロ製燃料電池! 2021年度の実証試験走行目指す(2019年6月19日)

また、2021年3月期の決算説明会資料でもハイブリッド車の導入による架線撤去の言及があります。ただし、この記述自体は必ずしも水素ハイブリッド車や鶴見線に限定されていない点に注意が必要です。

電車をハイブリッド車等に置き換え、架線や変電設備等を撤去

JR東日本2021年3月期決算説明会資料

鶴見線で運転されている貨物列車は前述したリニア中央新幹線の残土輸送列車のほか安善駅発の在日米軍航空燃料輸送列車がありますが、前者は数年内に廃止見込み、後者はディーゼル機関車が牽引しています側線を除き電気機関車が牽引しているようです。失礼いたしましたすなわち、(数年後の)架線撤去は貨物列車の運転に影響しないということになります。

※2022年2月追記 2022年2月18日のFV-E991系報道公開において、非電化区間の気動車の置き換えに使用する旨および電車よりは高コストとなる旨の説明があったようです(報道例)。本記事で説明した架線撤去に関する計画はかなり後退した可能性が高く、今後は非電化区間の非化石化に向けた取り組みが続くことになります。

扇町駅の水素供給設備

もちろん、水素を動力とする車両を運転するには車両の屋根上に設置されたタンクに水素を供給する設備が必要です。タンクを満タンに充填してから次の充填までどのくらいHYBARIが走行できるかは水素の充填圧力に依存しており、70MPaの圧力で充填した場合の航続距離は140km、35MPaの圧力では80kmです。私が昔雑な試算をしたところによると、最大圧力の70MPaで充填してから燃料切れ寸前になるまで走ったとしても1日に最低1回は水素の補給が必要となります(実際には航続距離ぎりぎりまで走らせるような運用はされないでしょうし、後述するように半分の圧力である35MPaで充填する場合もあるようです)。車両基地や主要駅で燃料供給ができるような仕組みが必要となるでしょう。

それでは、今回の実証実験で水素の供給はどのような場所で行われるのでしょうか。とあるセミナーにおけるJR東日本社員の講演資料によると、充填箇所は扇町駅と鎌倉車両センター中原支所と鶴見線営業所の3か所となります(記事初出時、鶴見線営業所の記載が漏れておりました。失礼いたしました)。この2か所ではそれぞれ水素の充填方法が異なり、2つの方法を比較するような実証実験をおこなうことができるでしょう。

実証実験区間と水素充填箇所
実証実験区間と水素充填箇所

このうち扇町駅では、カードルと呼ばれる容器で運んできた水素を移動式水素ステーションを利用して車両に供給する方式が採用されます。最近、同駅構内の昭和電工専用線跡地がアスファルトで舗装され、自動車の停車位置を表しそうな白線が引かれているのを確認しました。おそらく、これが移動式水素ステーションを利用して車両に水素を供給する際の基地となるのであろうと思います。"基地"には昭和電工の工場内に通じるゲートからしかアクセスできず、実際JR東日本の2019年6月のプレスリリースには「日本貨物鉄道株式会社、昭和電工株式会社およびJR東日本の3社で実証試験に伴う設備整備に関する基本合意を締結」という記述があります。

扇町駅構内図
扇町駅構内図
扇町駅の水素供給設備
扇町駅の水素供給設備
扇町駅の水素供給設備
移動式水素ステーションの停車位置
扇町駅の水素供給設備
昭和電工工場へのゲート

一方、鎌倉車両センター中原支所と鶴見線営業所ではカードルと呼ばれる容器から直接車両の水素タンクに供給する方式が採用されます。こちらの方式では最大でも35MPaの圧力までしか車両に水素を充填できないようですが、そのかわり移動式水素ステーションが不要となります。

なお、現時点の法規制ではいずれの方式でも高圧ガス保安法に基づく製造の川崎市長許可を取得し、有資格者である保安技術管理者などを配置する必要があります。扇町駅では既に昭和電工が許可を持っているかもしれませんが、鎌倉車両センター中原支所と鶴見線営業所では新規に許可を取得する必要があると考えられます(許可を受けた事業所は出入口付近の敷地外から見える場所に標識が設置されるので容易に判明すると考えられます)。また、鎌倉車両センター中原支所の敷地は都市計画法における準工業地域に指定されており、水素ガスの貯蔵量によっては建築基準法による川崎市長の許可も必要になると考えられます。

カーボン・ゼロには効果なし?

水素輸送経路のイメージ(JR東日本社員講演資料をもとに作成)
水素輸送経路のイメージ(JR東日本社員講演資料をもとに作成)

今回の実証実験で燃料となる水素を供給する事業者は明らかにされていませんが、前述講演資料の地図からは車両に充填される水素の輸送ルートを表す矢印が神奈川県横浜市、千葉県市原市の2か所から伸びているように見えます。前者にはENEOS根岸製油所や同社の水素製造出荷センターがあるほか、後者も出光興産などの石油化学コンビナートが林立している地域です。化石燃料由来の水素は「グレー水素」と呼ばれ、実質的に二酸化炭素排出量削減に貢献しません。将来的には二酸化炭素回収技術と組み合わせることで少なくとも大気中への二酸化炭素放出を抑える「ブルー水素」や再生可能エネルギー等から製造する「グリーン水素」への置き換えを進めなければ、二酸化炭素の排出量削減を達成することはできません。

CO2排出量実質ゼロという困難な目標に挑戦するJR東日本から、ますます目が離せません。

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