はじめに
ローカル線の存廃に関する議論が再燃しています。1980年代の国鉄改革に伴い「特定地方交通線」が大量に廃止されて以降、JR各社で廃止になった路線は数年に1路線というペースでした。ところが、コロナ禍で鉄道各社の経営が傾くなかでJR各社が路線別の収支の公表に踏み切り、沿線自治体との協議を求めています。また、2022年7月には国土交通省の有識者会議が輸送密度1,000人以下の路線について利用振興策やバス転換などの協議の対象とするべきという提言を示しました。今後、これに伴いどのような協議が行なわれていくのかを注目しています。
ところで、ローカル線の存廃を語る文脈で「鉄道は環境にやさしい」「二酸化炭素排出量が少ない」ということを根拠に路線の存続を求める意見をネット記事等で観測しています。
高齢者ら交通弱者の移動手段確保や中高校生の通学での教育支援に加え、二酸化炭素の排出の少なさや定時性など採算だけで計れない価値がある。
「地方の鉄道危機 JR任せでは守れない」(中國新聞2022年3月13日付社説)
ローカル鉄道の運営が岐路に立たされている。人口減やマイカー利用の増加で乗客が減少、黒字確保が困難なためだが、鉄道は環境への負荷が小さく都市再生にも有効で公益的価値は大きい。
(中略)
旅客のみならず貨物輸送の際に発生する二酸化炭素(CO2)量が少ない点に注目、欧州では地球温暖化対策の極めて重要な交通インフラとして鉄道貨物の整備など積極的な取り組みが見られる。わが国でも経済成長と温暖化対策を両立させるため、鉄道利用の再認識が求められる。
「【道標】岐路に立つローカル鉄道運営 政策で利用者増、広域連携模索」(SankeiBiz)
およそ5200人の登録ユーザーを持つフェイスブック上の「小樽の仲間たち」という公開グループでは、並行在来線問題についての草の根的な情報発信が続けられている。「(中略)実際にバス転換をするとなると新幹線の札幌延伸開業と同時期の2030年頃に見込まれている温室効果ガス排出量の規制強化よる燃料電池バス導入や水素ステーションの設置など地球温暖化、脱炭素対策だけで150億円程度の初期投資額が必要になる事実や線路の撤去費用の問題には触れられていない」という。
「北海道新幹線、並行在来線「廃止前提」の大問題」(東洋経済)
最後の3つ目については著者本人の意見ではなくフェイスブック上の公開グループの意見の引用という形ですが、1つ目と2つ目は地の文として「鉄道は二酸化炭素排出量が少ない」と書かれており、ローカル線であっても鉄道は環境にやさしいという誤解が相当程度広まっているのではないかと疑っています。本記事では、存廃を懸念されるレベルのローカル線の環境負荷は自動車等と比較して有利にならないということについて明らかにし、ローカル線にまつわる議論の健全な発展につなげていきたいと考えています。
なお、本記事はローカル線の環境負荷を評価する目的で執筆しており、特定の路線について廃止すべきだとか、輸送密度何人以下の路線は廃止するべきだという意見を表明するものではありません。また、「温室効果ガス排出削減のためにローカル線を廃止すべきだ」と主張するものでもありません。本記事の結論はあくまで、「存廃の懸念されるレベルのローカル線の存続を求める根拠に環境問題を挙げるのはやめたほうがいい」というだけです。ローカル線には通勤通学時の大量輸送や地域交通の足、地域振興など様々な役割があり、個別の路線の存廃は環境負荷だけではなくこれらの要素を含めて考えるべきです。
国土交通省のデータと「統計のマジック」
鉄道の温室効果ガス排出量が少ない根拠としてよく引き合いに出されるのが、国交省ウェブサイトにある「輸送量当たりの二酸化炭素の排出量(旅客)」です。この図を見ると確かに鉄道の二酸化炭素排出係数は17g/人kmと少なく、バス(57g/人km)やマイカー(130g/人km)と比べて少ない値となっていることが分かります(いずれも2019年度のデータ)。
しかし、ここに統計のマジックがあります。この図の下側をよく見てみると、数値の算出根拠は「自動車輸送統計」「鉄道輸送統計」などとなっています。つまり、日本国内で走っている鉄道車両やバス、マイカーなどの燃料使用量の総計をCO2排出量に換算し、これを輸送量の総計で割った値であると考えられます。これは、交通政策として鉄道とバスのどちらの交通機関を選択するべきかの参考にする数値を算出する方法としては、非常にまずい方法(※1)です。
当然ながら、鉄道は輸送人員の多いところに建設され、鉄道が建設されるほど輸送人員が多くないところではバスが運行されます。一方、「人・km当たりの二酸化炭素の排出量」という数字は車両1両あたりに何人乗客が乗車しているかに大きく依存する数値です。例えば、自重30トンの電車1両に乗客10人が乗車している場合と、乗客100人が乗車している場合を考えてみます。電車の総重量は、前者では30.5トン、後者では35トン程度となります。電車の消費電力が重量に比例し、二酸化炭素排出量が消費電力に比例すると仮定すると、前者の「人・km当たりの二酸化炭素の排出量」は後者の約8.7倍になります。このように、同じように交通機関に乗車している乗客であっても同乗者の人数によって「人・km当たりの二酸化炭素の排出量」は大きく異なるのです。朝夕に数分間隔で満員電車が運行される路線が多数ある鉄道と、バス1両に10人乗っていないような路線も数多くあるバスについて、単に統計から割り算しただけでは公平に比較することはできません。本当にフェアに比べるなら、ある特定の区間について鉄道を運行した場合とバスを運行した場合を試算し、それぞれの場合の二酸化炭素排出量を比較するべきです。実際にそのような研究は存在し、記事の後半で紹介するのですが、ここでは「鉄道の二酸化炭素排出量が少ない」とは一概に言えない(※2)ということだけご理解ください。
一方で、これらの統計から分かることもあります。それは、車両の走行キロあたりの二酸化炭素排出量です。先ほどの例でいうと、乗客10人の電車と100人の電車の「車両の走行キロあたりの二酸化炭素排出量」の差は15%程度です。もちろん路線ごとに走行条件や駅間距離は異なるのですが、それでも統計をもとに現実的に妥当な試算に利用できる数値は計算可能です。試しに鉄道統計年報をもとにJR各社の電車と気動車の「車両の走行キロあたりの二酸化炭素排出量」(2019年度)を計算してみると次のようになります。
JR各社の車両の走行キロあたりの二酸化炭素排出量(2019年度 単位kg-CO2/km)会社 | 電車 | 気動車 |
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JR北海道 | 1.0 | 1.8 |
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JR東日本 | 0.67 | 1.6 |
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JR東海 | 0.78 | 1.8 |
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JR西日本 | 1.0 | 1.5 |
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JR四国 | 0.79 | 1.8 |
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JR九州 | 0.96 | 1.7 |
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このように、各社で走行条件や乗客数は異なるにも関わらず、それほど異ならない値になっているのがお分かりいただけると思います。以下、この数値をもとにさらに試算していきます。
※1: 前記の「輸送量当たりの二酸化炭素の排出量」の数字は、それぞれの利用者が各自の移動手段として電車とマイカーのどちらを選択するかの参考にするのには適切な数字だと考えていますし、この図はそのような意図で作成されているものと考えます。ここではあくまで交通政策として鉄道の存廃を決める参考にする数値としては不適切という話をしています。
※2: 「鉄道の二酸化炭素排出量が少ないとは限らない」というのは、あくまで交通政策として鉄道を残すかバスに転換するかという議論における文脈です。現に列車が運行されている状況で個別の利用者がマイカーではなく鉄道を利用した方が環境負荷が低いのは当然です。
路線別の二酸化炭素排出係数
上で求めた「車両の走行キロあたりの二酸化炭素排出量」に列車の運行本数と編成両数を掛け合わせ、これをJR各社が公表している輸送密度で割ることでそれぞれの路線における二酸化炭素排出係数を求めることができます。本記事では、様々な輸送密度の路線について二酸化炭素排出係数を算出してみました。
まず、電車が運行されている区間について試算します。編成両数については正確な資料が手元にないため概算ですが、両数が少ない方(すなわち、排出係数が少なくなる方)に寄せているつもりです。また、本記事では動力(電力、燃料)由来の二酸化炭素排出のみを考えることにしています。その他試算の根拠や注意点については記事末尾をご覧ください。
路線 | 平均通過人員(人) | 二酸化炭素排出係数(g-CO2/人km) | 備考 |
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山手線 | 1,121,254 | 7 | 湘南新宿ラインは全列車15両と仮定 |
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東北本線(一ノ関~北上) | 4,581 | 11 | 全列車2両編成と仮定 |
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青梅線(青梅~奥多摩) | 3,715 | 45 | 全列車4両編成と仮定 |
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中央本線(岡谷~辰野) | 3,021 | 24 | 平均2.5両編成と仮定 |
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東北本線(黒磯~新白河) | 2,923 | 40 | 全列車5両編成と仮定 |
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東北本線(小牛田~一ノ関) | 2,424 | 20 | 全列車2両編成と仮定 |
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内房線(館山~安房鴨川) | 1,543 | 54 | 全列車4両編成と仮定 |
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中央本線(辰野~塩尻) | 547 | 55 | 全列車2両編成と仮定 |
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奥羽本線(新庄~湯沢) | 416 | 79 | 全列車2両編成と仮定 |
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吾妻線(長野原草津口~大前) | 320 | 186 | 全列車4両編成と仮定 |
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大糸線(白馬~南小谷) | 215 | 189 | 普通は全列車2両編成、特急は9両編成と仮定 |
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大阪環状線 | 292,574 | 14 | |
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和歌山線(五条~和歌山) | 4,279 | 33 | 全列車2両編成と仮定 |
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小浜線 | 2,712 | 21 | 全列車2両編成と仮定 |
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和歌山線(高田~五条) | 2,489 | 38 | 全列車2両編成と仮定 |
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赤穂線(播州赤穂~長船) | 2,178 | 60 | 全列車3両編成と仮定 |
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加古川線(厄神~谷川) | 1,938 | 14 | 全列車1両編成と仮定 |
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列車本数や編成両数によるものの、輸送密度が下がるほどに二酸化炭素排出係数が増加している傾向がお分かりいただけると思います。車両運用の都合で過剰な4両編成で運行されている吾妻線、9両編成の特急列車が二酸化炭素量を倍増させている大糸線などの例外はあるものの、マイカーの二酸化炭素排出係数である130g-CO2/人kmを上回る路線は少ないことが分かりました。
なお、本試算では電力の二酸化炭素排出係数を0.441kg-CO2/kWhとしましたが、電車の場合原子力発電や再生可能エネルギー等により電力を供給することで電力由来の二酸化炭素排出を"原理的には"0にすることが可能です(実際には色々課題があるということを下の記事で書いておりますが)。もしそうなれば、上記の二酸化炭素排出係数はすべて0となりますので、電化区間では輸送密度に関わらず鉄道で運行するほうが温室効果ガス排出削減に貢献すると言うこともできます。
一方で、気動車で運行される路線はどうでしょうか。
路線 | 平均通過人員(人) | 二酸化炭素排出係数(g-CO2/人km) | 備考 |
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水郡線(水戸~常陸大宮) | 5,157 | 28 | 全列車2両編成と仮定 |
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磐越西線(五泉~新津) | 3,921 | 35 | 全列車2両編成と仮定 |
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陸羽東線(小牛田~古川) | 3,714 | 40 | 全列車2両編成と仮定 |
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八高線(高麗川~倉賀野) | 2,994 | 44 | 全列車2両編成と仮定 |
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八戸線(八戸~鮫) | 2,640 | 47 | 全列車2両編成と仮定 |
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磐越東線(小野新町~郡山) | 2,242 | 41 | 全列車2両編成と仮定 |
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飯山線(豊野~飯山) | 1,696 | 58 | 全列車2両編成と仮定 |
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五能線(五所川原~川部) | 1,507 | 39 | 全列車2両編成と仮定 |
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久留里線(木更津~久留里) | 1,425 | 78 | 全列車2両編成と仮定 |
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只見線(会津若松~会津坂下) | 1,122 | 41 | 全列車2両編成と仮定 |
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陸羽東線(古川~鳴子温泉) | 949 | 96 | 全列車2両編成と仮定 |
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左沢線(寒河江~左沢) | 875 | 97 | 全列車2両編成と仮定 |
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水郡線(常陸大宮~常陸大子) | 830 | 118 | 全列車2両編成と仮定 |
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磐越西線(津川~五泉) | 528 | 136 | 全列車2両編成と仮定 |
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磐越西線(喜多方~野沢) | 534 | 134 | 全列車2両編成と仮定 |
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八戸線(鮫~久慈) | 454 | 143 | 全列車2両編成と仮定 |
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陸羽東線(最上~新庄) | 343 | 152 | 全列車2両編成と仮定 |
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磐越東線(いわき~小野新町) | 273 | 167 | 全列車2両編成と仮定 |
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只見線(会津坂下~会津川口) | 179 | 218 | 全列車2両編成と仮定 |
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只見線(只見~小出) | 101 | 258 | 全列車2両編成と仮定 |
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久留里線(久留里~上総亀山) | 85 | 613 | 全列車2両編成と仮定 |
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陸羽東線(鳴子温泉~最上) | 79 | 660 | 全列車2両編成と仮定 |
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芸備線(狩留家~広島) | 7,987 | 40 | 全列車2両編成と仮定 |
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城端線 | 4,479 | 28 | 全列車2両編成と仮定 |
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氷見線 | 4,416 | 26 | 全列車2両編成と仮定 |
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関西本線(亀山~柘植) | 1,090 | 111 | 全列車2両編成と仮定 |
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越美北線 | 772 | 53 | 平均1.5両編成と仮定 |
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芸備線(三次~狩留家) | 713 | 187 | 全列車2両編成と仮定 |
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芸備線(備後落合~三次) | 215 | 99 | 全列車1両編成と仮定 |
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福塩線(府中~塩町) | 162 | 112 | 全列車1両編成と仮定 |
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芸備線(備中神代~東城) | 81 | 336 | 全列車1両編成と仮定 |
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芸備線(東城~備後落合) | 11 | 1101 | 全列車1両編成と仮定 |
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先ほどよりも厳しい数字が並んでいます。これは、非電化区間の輸送密度が低い傾向にあるだけでなく、気動車の走行キロあたり二酸化炭素排出量が電車の1.5~2.3倍であるためです。非電化区間では全国有数の輸送密度を誇る芸備線狩留家~広島間でも二酸化炭素排出係数は40g-CO2/人kmとなり、国交省資料で「鉄道の二酸化炭素排出係数」として示されている17g-CO2/人kmを2倍以上上回っています。それでも輸送密度が1,000を上回る区間ではバスの57g-CO2/人kmより有利(※1)な区間が多いようですが、輸送密度が1,000を下回る区間は大半が57g-CO2/人kmを上回り、芸備線三次~狩留家間、磐越西線津川~五泉間に至っては二酸化炭素排出係数がマイカーの130g-CO2/人kmを上回っています。輸送密度が極めて少ないことで知られる芸備線東城~備後落合間に至っては、マイカーの8.5倍の二酸化炭素排出係数となってしまいました。
ただし、この結果をもって「輸送密度の低いローカル線はバスやジャンボタクシーに転換したほうがいい」と結論を出すのは少々早いです。それは、バス等に転換したときの「転換率」を考慮する必要があるためです。
(何度も繰り返しますが、上記は交通政策としてその鉄道路線を残すかどうか考える際に検討する数値であって、個別の利用者が交通手段を選択する際に参考になる数値ではありません。いくら芸備線東城~備後落合の輸送密度が低いからといって、現に芸備線で列車が走っている状況で、ある利用者が自家用車ではなく列車を利用した場合、二酸化炭素排出削減につながるというのは当然のことです。)
※1: 57g-CO2/人kmという数字は都市部から地方まで含めたバスの二酸化炭素排出係数の全国平均であり、前述の通りの理由でそれぞれの区間をバス転換した場合の代替バスの二酸化炭素排出係数がこの数字になるとは限らない(閑散線区ではこの数字より悪化する)のですが、ここでは「少なくともこの数字以下であれば鉄道で残す方が有利だろう」という一つの目安としてあえてこの数字を示しています。
結局鉄道とバス、どちらがいいのか?
日本では、鉄道を廃止してバスに転換した場合に乗客数が減ることが一般的です。例えば事故による突発的な運休で十分に準備する期間がないままバス代行になってしまった京福電鉄(えちぜん鉄道の前身)の事例では、鉄道の利用客のうち代替バスや並行する路線バスへ移行した利用客の割合である「転換率」は44%にとどまりました。一方、自動車への転換率は42%となり、乗客の多くが公共交通の利用をやめてしまったことが分かります。代替バスのダイヤや運行形態を工夫するなどして鉄道廃止時のバスへの転換率を向上する取り組みは行われているものの、転換率が低くなり乗客の多くがマイカーに流れてしまえば結果的に環境負荷が増大してしまう(すなわち、鉄道のまま残した方がまし)という状況も考えられます。
この点に関しては、千葉大学の研究者が複数の第三セクター路線について転換率なども考慮した試算を行っています(論文リンク)。試算の詳細は論文を見ていただきたいのですが、試算の対象となっている13路線のうち輸送密度が1,000を下回っている路線が5路線あり、そのうち3路線でえちぜん鉄道並みの自動車への転換率42%を仮定しても、鉄道を廃止した方が二酸化炭素排出を削減できるという結果になっています。特に、輸送密度105人の阿佐海岸鉄道は自動車への転換率80%でも二酸化炭素排出が削減できるという結果が得られています。これは、前の章の試算結果である輸送密度が数百を下回るとマイカーよりも二酸化炭素排出係数が高くなるという結果に整合します。
むすび
繰り返しになりますが、本記事は特定の路線を廃止するべき等の主張をするために執筆したものではありません。また、二酸化炭素排出削減のためにローカル線を廃止するべきだと主張するものでもありません。ローカル線は通勤通学時の大量輸送や観光振興など複数の役割をもつものであり、維持コストや本記事で試算したような環境負荷も含めて総合的に判断するべきです。また、これも何度も繰り返しますが、現に列車が走っている状況で個別の利用者が自家用車ではなく鉄道を選択した場合には、どのような路線であれ二酸化炭素排出量を削減できるということは強調しておきます。
しかし、存廃が懸念されるような輸送密度のローカル線の存廃を論じるときに、環境問題を持ち出すのは少々的外れであると言わざるを得ません。本記事の試算では、輸送密度が概ね1,000を下回る区間では、二酸化炭素排出係数が国交省資料で「バスの二酸化炭素排出係数」として示されている57g-CO2/人kmを上回る区間が多く、場合によってはマイカーの130g-CO2/人kmすら上回っている区間も存在することが分かりました。さらに、本試算ではコロナ禍の影響を避けるため2019年度の数値を用いて計算しましたので、コロナ禍に伴う利用の減少で多くの区間で二酸化炭素排出係数が悪化している可能性もあります。
一方で、輸送密度が概ね1,000を上回る区間(特に電化区間)ではバスより鉄道の方が有利になる区間も多いことも分かりました。この輸送密度1,000というのは、鉄道事業として採算が取れる輸送密度を大きく下回っています。このような、鉄道事業としては採算が取れないが、鉄道の存在が二酸化炭素排出削減につながるという区間をどのように残していくかというのも大きな課題です。
本記事では温室効果ガスである二酸化炭素の排出量のみを議論しましたが、気動車には他にも酸性雨の原因となる窒素酸化物や人体への悪影響が懸念される粒子状物質(PM)の排出規制がないなど問題がたくさんあります。ローカル線、特に輸送密度の低い非電化区間を維持するには、環境問題ではなく地域交通の確保や地域振興などの視点で論じていく必要があると考えています。
試算の詳細
- JR各社の内燃動車走行キロ、軽油使用量、電車走行キロ、電力使用量は鉄道統計年報の2019年度の値を用いました。
- 上記の数値から算出されるJR各社それぞれの電費・燃費の平均値(一定)で、試算対象の路線を列車が走行するものとします。
- 電力のCO2排出係数は0.441kg-CO2/kWh(東京電力の2019年度の値)、軽油のCO2排出係数は2.62kg-CO2/L(環境省資料)としました。
- 輸送密度はJR東日本、JR西日本それぞれ公式サイトに掲載されている2019年度の値を用いました。
- 動力(電力・燃料)以外の二酸化炭素排出は考慮していません。
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