はじめに
2022年7月28日、国土交通省の「今後の鉄道物流のあり方に関する検討会」の中間とりまとめにて貨物新幹線計画の推進が明記されました。「貨物新幹線」計画は新幹線の長い歴史の中で何度か議論の俎上に上がっては消えてきた歴史があり、今後実現するのかは不透明ですが、それでも具体化に向けて大きな一歩を踏み出したことになります。
本記事ではこれまで検討された新幹線による貨物輸送計画、これまでの貨物新幹線計画についての報道を振り返り、どのような計画になるのか考察してみようと思います。
2022年7月28日、国土交通省の「今後の鉄道物流のあり方に関する検討会」の中間とりまとめにて貨物新幹線計画の推進が明記されました。「貨物新幹線」計画は新幹線の長い歴史の中で何度か議論の俎上に上がっては消えてきた歴史があり、今後実現するのかは不透明ですが、それでも具体化に向けて大きな一歩を踏み出したことになります。
本記事ではこれまで検討された新幹線による貨物輸送計画、これまでの貨物新幹線計画についての報道を振り返り、どのような計画になるのか考察してみようと思います。
1964年に東京~新大阪間で開業した東海道新幹線では、旅客輸送に加えて貨物輸送を行う計画がありました。横浜羽沢駅、静岡貨物駅などの貨物駅に隣接した場所を走行するルートが選定されたうえ、築堤などの構造物は貨物車両の走行を考慮した強度で設計されました。鳥飼車両基地・大阪貨物ターミナル駅付近には、開業後の施工の困難さをふまえ貨物線が東海道新幹線の高架を乗り越える部分の立体交差が先行して建設されました。
しかし、東海道新幹線の旅客列車本数が増加し線路容量に余裕がなくなり、また鉄道貨物輸送の凋落も影響したのか東海道貨物新幹線計画は立ち消えになってしまいました。名古屋地区の新幹線貨物駅として確保された用地は車両基地である大阪第一運転所名古屋支所(現名古屋車両所)に転用され、前述の鳥飼の立体交差も大部分が撤去されてしまいました。
青函トンネルは本州と北海道を結ぶ鉄道トンネルとして1988年に開業しました。在来線の旅客列車及び貨物列車のトンネルとして開業しましたが、当初より将来的に新幹線のトンネルに転用できるような設計で建設されました。実際に北海道新幹線(2016年開業)の運行にトンネルを使用するにあたり、引き続き運行を続ける在来線貨物列車の取り扱いが問題となりました。
高速走行する新幹線と在来線の貨物列車を同時に走行させるのは困難で、このため検討された案の1つが貨物新幹線です。新幹線規格の貨物車両を製造し、トンネル前後の拠点駅で在来線の貨物列車から貨物を積みかえたり「トレイン・オン・トレイン」で在来線の貨車をそのまま新幹線に積載したりすることが検討されました。
しかし、技術的に様々な課題があり貨物新幹線は実現せず、現在北海道新幹線は青函トンネル前後の貨物列車走行区間で160km/hまで減速して貨物列車と共存しています。お盆やゴールデンウイークなど繁忙期に一部時間帯の貨物列車の運行を停止し新幹線の速度を210km/hに向上し、所要時間を約3分短縮する取り組みが行われています。
北海道新幹線新青森~新函館北斗間が開業する直前の2016年1月1日、北海道新聞が「3度目」の貨物新幹線計画についてスクープしました。当時の紙面を見ると、「貨物新幹線 開発検討」「国交省など 20年代実用化」の見出しで、コンテナ貨物を側扉付きの新幹線貨車(20両編成程度、編成で5トンコンテナ100個積み)に積載することで対向車両の風圧による荷崩れを防止するとされています。
コンテナの積み替え時間を加えても、新青森―新函館北斗間の所要時間が2時間半から1時間40分程度に縮まる。
在来線の貨物列車を横付けし、1両当たり5個、最大20個のコンテナを一斉に持ち上げて水平移動する大型クレーン施設を整備することで、積み替え時間は20分程度で済む
北海道新聞 2016年1月1日付紙面より
さらに、2019年7月10日付紙面は「貨物新幹線具体化を検討」「国交省、時速320キロ目指す」という見出しで続報を報じています(前述の「開発検討」より少し踏み込んだ表現になっていることに留意)。この記事では前述のようなコンテナ積載の貨物輸送は費用面で課題があったとした上で、宅配便や書籍など小型の荷物をパレットに積載して側扉から積み込む方式と報じています。記事にはE5系そっくりの車両に荷物を載せたパレットが積載されているイラストが確認できます。
導入費用は、札幌1カ所と東北側の3カ所に設ける積み替え拠点の整備工事費などで600~1800億円を見込む。パレット式の車両価格は1編成(10両)約44億円で、現行の旅客車両とほぼ変わらない見通しだ。
北海道新聞 2019年7月10日付紙面より
2020年12月30日には、産経新聞からも報道がありました(実際の記事)。この記事では「JR東日本が」貨物専用車両の導入を検討としており、コロナ禍で開始した地場産品の新幹線輸送をさらに発展させて1編成のうち1両を貨物専用に改造して段ボール箱400箱を輸送、さらに輸送用パレットを搬入可能な車両の設計も開始していると報道しています。「検討」ではなく「設計を開始」と表現しているのが本当であれば、パレット積載方式による新幹線貨物列車の運行の計画が(JR東日本を巻き込んで?)車両設計をする段階にまで進んでいたことが想定されます。
実際のところ、私は上記の産経の記事が出た段階でも貨物新幹線の計画にはかなり懐疑的でした。ところが、2021年に入るとJR貨物の公式資料にも「貨物新幹線」計画を匂わせる記述が現れます。
JR貨物の公式資料に貨物新幹線計画が最初に登場するのは、2021年1月に公開された「JR貨物グループ長期ビジョン2030」です。ここでは災害による在来線の寸断への対応などのため貨物新幹線の検討を推進すると明記されています。
物流イノベーションや既存鉄道インフラの有効活用(人流・物流の一体化による鉄道事業の持続性向上)として貨物新幹線の検討を推進
全国をつなぐ幹線物流鉄道ネットワークの強靭化 鉄道インフラ(在来線・新幹線)の有効活用
その後も、JR貨物グループレポート2021、2022年度事業計画などに貨物新幹線構想が度々登場しました。
現在、旅客鉄道会社では、新幹線のスペースを利用した少量・小口商品についての物流に取り組んでいます。新幹線という高速かつ災害耐性のある鉄道モードを人流と物流とで、共同で活用することは、持続可能な社会を構築していくうえで追求すべきことです。安全で安定した大量物資や重量物資の高速輸送が可能な貨物新幹線輸送に発展させていくことを、課題として認識しています。
また、物流イノベーションや既存鉄道インフラの有効活用として貨物新幹線構想の具体化に向けた検討を推進する。
さらに、2022年3月17日から開かれている国土交通省の「今後の鉄道物流のあり方に関する検討会」でも貨物新幹線計画が検討すべきテーマの一つとして設定されました。まず、第1回検討会でJR貨物が提出した資料のp.17には流線形の貨物新幹線車両にパレット積載の段ボール箱や小型コンテナのようなものが満載されているイラストがあり、「EC需要等に対応可能な大容量貨物新幹線」という記述からは重量が少なく嵩高な宅配便荷物などの輸送を想定しているように読めます。一方で、第1回検討会議事録によるとJR東日本からは「貨物様の資料にもありました技術的な課題なども出てまいりますし、……新幹線のダイヤ調整の問題なども出てくる」、JR東海からは「大容量の貨物専用の新幹線は、東海道新幹線では、大変難しいのではないか」という意見がありました。
4回にわたる議論とヒヤリングを受けて発表された中間とりまとめでは、「新幹線による貨物輸送の拡大に向けて、国・JR貨物・JR旅客会社などによる各種検討に着手する必要がある」と明記されました。
これを受けて、JR貨物は2025年までに達成すべき目標として「国が中心となった検討会への参画」「貨物専用新幹線車両の設計」を設定したと発表しました。今後も引き続き、JR貨物と旅客会社の調整や計画の具体化が進んでいくものと考えられます。
「貨物新幹線」の運行路線として、大本命なのは北海道新幹線・東北新幹線です。これらの路線は運行距離が長い上、特に東北新幹線盛岡以北と北海道新幹線は旅客列車の本数が少なく線路容量に比較的余裕があると考えられます。また、在来線の貨物のうち一部を新幹線に転移することで、青函トンネル内で在来線貨物列車が運行されない時間帯を捻出して新幹線を高速走行させるという目論見もあるかもしれません。東北新幹線では既に「はこビュン」という名称で生鮮品、急送の機械部品などの荷物輸送を実施しています。また、そのほかの新幹線でも生鮮品などの輸送を始めている区間があり検討の対象になるかもしれません。一方で、東北新幹線仙台以南(とりわけ大宮以南)や東海道新幹線など線路容量が逼迫している区間では貨物新幹線の運行は難しいと考えられます。
新幹線の貨物の積み下ろしをどこで実施するのかも難しい問題です。北海道新聞の2019年の報道では「札幌1カ所と東北側の3カ所」に積み下ろし設備を設けるとのことでした。10両編成の貨物専用編成を製造するのであれば既存の旅客ホームで荷扱いをするのは難しく、専用の設備を設ける必要があります。
まず札幌側の積み下ろし設備ですが、これは設置が極めて難しいと考えられます。線路は札幌駅手前まで地下に建設されるうえ、札幌駅には地上の車両基地は併設されず、在来線札幌~苗穂駅間の横の高架上に留置線程度のものが設けられるのみとなります。駅ホームも2面2線で余裕がありません。さらに、市街地に囲まれているため大型トラックが頻繁に乗り入れるのには向いていないでしょう。札幌貨物ターミナルまで線路を延ばせればいいのですが、費用等を考えると現実的ではありません。
本州側も候補地が課題となります。保安上、新幹線の本線と貨物線は立体交差で分岐する必要があるでしょうから、単純に仙台以北で既設の立体交差が存在する箇所を挙げるなら仙台駅北方の新幹線総合車両センター、一ノ関駅、北上駅、盛岡駅北方の盛岡新幹線車両センター、新中小国信号場が考えられます。保守基地の立体交差を使用することになる一ノ関駅、北上駅では営業列車が頻繁に乗り入れることの可否、またいずれの箇所もトラックや在来線貨物列車へ貨物を積み替える設備、トラックの乗り入れ経路となる道路の設置可否など検討すべき課題が数多くあります。なお、在来線との連絡を考慮しなければ古川駅、立体交差を不要とすれば八戸駅(八戸貨物駅)も選択肢に入るでしょう。
なお、産経新聞の報道の通り、例えば専用の編成を使用せず旅客車両のうち1両を貨物専用にする程度であれば旅客ホームを間借りして貨物の積み下ろしが可能かもしれません。東北新幹線の大宮駅や各駅の副本線など利用頻度の低いホームはいくつかあり、本州側の基地として利用できるかもしれません。もちろん、荷物を運搬するための大型エレベーター、トラックへの積み替え場所、さらに駅に大型トラックが乗り入れるための取付道路などの整備が必要になります。
長らく検討されては立ち消えになるのを繰り返してきた「貨物新幹線」構想。困難な課題が山ほどありますが、実現すれば貨物輸送のリードタイムを飛躍的に短縮し北海道の経済に与えるインパクトは大きいと思います。今後どのような展開になるのか目が離せません。
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