「貨物列車を退避する普通列車」が出現する事情

「貨物列車を退避する普通列車」が出現する事情

はじめに

貨物列車の多い路線の普通列車に乗っていると、貨物列車を退避する普通列車に遭遇することがあります。アイキャッチ画像はたまたま函館本線の普通列車に乗車していたときに撮影した写真で、八雲駅で数分間停車している普通列車の横を貨物列車が通過していきます。貨物時刻表には該当する時間に運転されている貨物列車は掲載されておらず、臨時列車か大幅に遅れていた列車だったのだろうと思います。

しかし、線区によっては普通列車が定期の貨物列車を退避するダイヤが組まれていることがしばしば存在します。本記事ではこのような実例を紹介したうえで、なぜ一部の貨物列車が普通列車よりダイヤ上優先されるのか解説します。

貨物列車が普通列車を追い越すダイヤの例

貨物列車は加減速こそ遅いものの原則として貨物駅や主要駅にしか停車しないため、普通列車より表定速度が速くなることがあります。例えば、東北本線福島~仙台間の普通列車の表定速度が約55km/hなのに対し、郡山貨物ターミナル~仙台貨物ターミナル間の貨物列車の表定速度は速い列車で80km/hを超えます。このため、時間帯により先行する普通列車に追いついてしまう貨物列車が発生することになります。

具体的には、下記のような例があります。なお、市販の時刻表をもとに推測したものなので漏れ・誤りがある可能性があることをご了承ください。

東北本線(三セクを含む)の例

駅名停車時間普通列車貨物列車
前沢駅下り18:43~18:50一ノ関発盛岡行1549M隅田川発札幌タ行3055レ
前沢駅上り20:36~20:44盛岡発一ノ関行1552M盛岡タ発安治川口行60レ
花巻空港駅上り12:25~12:33盛岡発一ノ関行1538M帯広貨物発隅田川行3058レ
花巻空港駅上り14:55~15:01盛岡発北上行2530M札幌タ発越谷タ行3062レ
二戸駅下り12:34~12:42盛岡発八戸行4529M西浜松発札幌タ行3081レ
二戸駅上り16:00~16:10八戸発盛岡行4530M八戸貨物発仙台タ行2074レ

また、実質的に普通列車を貨物列車が追い抜くダイヤとなっていることもあります。一例を挙げると、黒磯駅7:54発の4127Mで仙台方面へ向かう場合、新白河駅で2127M、郡山駅で1131M、福島駅で1175Mと乗り継ぐ必要があります。この乗り継ぎの間、新白河駅では吹田タ発陸前山王行の4059レ、郡山駅で隅田川発札幌タ行の8051レ、福島駅で安治川口発盛岡タ行の61レが横を通過していきます。列車が列車を追い抜く、という形にはなっていないものの、乗りとおす乗客にとっては追い抜かれているのと同じことです。

山陽本線の例

平日ダイヤを基準とし、また数が多いので下り列車のみ記載しています。

駅名停車時間普通列車貨物列車
広島駅下り6:47~6:58広発由宇行605M名古屋タ発福岡タ行5051レ
五日市駅下り14:29~14:37糸崎発岩国行323M越谷タ発福岡タ行1053レ
柳井駅下り7:20~7:25岩国発下関行3311M東京タ発福岡タ行5053レ
柳井駅下り18:19~18:25岩国発下関行3343M新潟タ発福岡タ行2073レ
柳井駅下り18:51~18:56岩国発下関行3345M東京タ発鹿児島タ行1071レ
徳山駅下り8:31~8:52岩国発下関行3313M名古屋タ発福岡タ行57レ、名古屋タ発福岡タ行5051レ
徳山駅下り18:21~18:32岩国発下関行3341M宇都宮タ発福岡タ行1059レ
徳山駅下り21:34~21:57岩国発下関行3353M仙台タ発福岡タ行1073レ
新山口駅下り6:20~6:32徳山発下関行3301M名古屋タ発福岡タ行1065レ
新山口駅下り7:16~7:37柳井発下関行3303M札幌タ発福岡タ行2071レ
新山口駅下り12:42~13:08岩国発下関行3323M沼津発福岡タ行1091レ、東京タ発福岡タ行63レ
新山口駅下り14:42~15:03岩国発下関行3327M東京タ発福岡タ行1051レ、倉賀野発福岡タ行5057レ
新山口駅下り16:34~16:45岩国発下関行3331M越谷タ発福岡タ行1053レ
新山口駅下り18:10~18:17岩国発下関行3337M東京タ発福岡タ行1055レ
宇部駅下り6:57~7:04徳山発下関行3301M東京タ発福岡タ行5075レ
厚狭駅下り20:27~20:33岩国発下関行3343M東京タ発鹿児島タ行1071レ

新幹線停車駅での長時間停車は新幹線の接続待ちも兼ねている可能性がありますが、それにしても多くの列車が貨物列車を退避するダイヤになっていることがわかります。

貨物列車と旅客列車の優先順位

そもそも、旅客列車と貨物列車が混在する線区ではどのように列車ダイヤを決めているのでしょうか?

旧国鉄の分割民営化により、旅客列車と貨物列車は別の会社が運行することになりました。線路を所有するのは第一種鉄道事業者である旅客鉄道会社なので、自らは線路をもたず旅客会社の線路を借りて列車を運行する貨物会社は列車ダイヤの作成や異常時の運転整理などの場面で不利となる可能性がありました。このため、分割民営化にあたりJR各社間で「ダイヤ設定の優先度に関する標準」が定められ、この優先順位をもとにJR各社間の協議でダイヤが設定されることになりました。

「ダイヤ設定の優先度に関する標準」は非公開ですが、国鉄が分割民営化された1987年4月時点での内容が雑誌に掲載されています。

ダイヤ設定の優先度に関する標準
優先度旅客列車貨物列車備考
レベル1○新幹線列車○大都市圏の朝通勤列車(含通学)-※この基準については「直通列車等の列車種別および速度種別等の表記に関する実施細目」に掲げる列車種別による
※回送列車、工事列車等の非営業列車の優先度については、左記の列車に次ぐものとする
レベル2○特急列車
○2社以上またがり急行列車
○上記以外の朝通勤列車(含通学)
○大都市圏の夕通勤列車
○大都市圏および地方主要都市圏の等時隔運転列車
○高速貨物列車A
○高速貨物列車B
レベル3○1社内急行列車○その他通勤列車-
-○その他高速貨物列車
レベル4○2社以上またがりその他旅客列車-
-○2社以上またがりその他貨物列車
レベル5○1社内その他の旅客列車-
-○1社内その他貨物列車
「民営・分割に伴う新しい鉄道会社間における直通運転等について」長井忠昌 運転協会誌 1987年4月号より

なお、「高速貨物列車A」は最高速度100km/h以上の列車(列車番号の百の位がなし又は0、かつ10の位が5又は6)、「高速貨物列車B」は最高速度95km/hの列車(列車番号の百の位がなし又は0、かつ10の位が7~9)の列車を表します。

具体的にどのような列車が「通勤列車」「等時隔運転列車」「その他旅客列車」に該当するのかは明確ではありませんが、朝夕の通勤列車など一部を除き、普通列車よりも高速貨物列車A・Bの方がダイヤ設定の優先度が高い(特急列車と同順位)ということが分かります。すなわち、高速貨物列車A・Bが先行の普通列車に追いついてしまう場合は、先行の普通列車を追い抜くダイヤが設定されることがあるというわけです。先ほど紹介した実例でも、普通列車を追い抜く貨物列車はすべて高速貨物列車A・Bであることが分かると思います。

普通列車が特急列車を退避する時は「特急列車の通過待ちを行います」とアナウンスがあることが多いですが、貨物列車の退避の場合は車掌も正直に言うのが気が引けるのか「当駅で時間調整を行います」と放送する場合が多いようです。旅客を載せない貨物列車を旅客列車が退避するのは一見するとサービス低下のようにも思われますが、速度差が大きい以上ある程度の列車順序の調整は避けられないのかもしれません。

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