はじめに
日本では全国に張り巡らされたJRの線路はJR旅客会社各社が所有・管理しており、JR貨物は旅客会社に対して線路使用料を支払って貨物列車を運行しています。しかしながら、後述するとおり線路使用料は固定費用分が算入されず変動費用のみを按分しているため、線路の管理コストを列車の運行頻度で単純に按分したものより低く抑えられています。旅客会社が持ち出しで負担している貨物列車の運行コストは、我々国民が日々支払う旅客運賃として負担しています。
ところが、JR貨物が旅客会社に対して支払っている線路使用料は、「私人間の契約」という建前で公開されていません。計算方法の概略や簡単な計算式を掲載した書籍や論文がいくつかありますが、少々古いのと単価の決め方など詳細は明らかになっていません。
貨物列車の運行コストに間接的な国民負担が発生している状況でこのような状況は好ましくないと思い、また今後想定される貨物会社の完全民営化・上場に向けての議論の一助とするため、今回この記事を作成しました。
また、あわせてよく趣味界隈で問題にされる2車体永久連結の機関車を用いて重連運転を解消することが線路使用料の削減につながるのかどうかも考察してきたいと思います。結論から言うと結果的に2車体永久連結にすることで線路使用料が削減できるのは間違いないが、2車体永久連結を何両と扱うかということとは無関係という結論に至りました。
なお、本記事ではJR貨物がJR旅客会社に対して支払う線路使用料について記述します。JR貨物が第三セクターに対して支払う線路使用料はアボイダブルルールが適用されないなどいくつかの違いがあり、こちらの記事で解説されています。
本記事の執筆にあたっては、各種文献のほか国土交通省本省に対する開示請求により開示された行政文書を参考にしました。多忙な日常業務のなか、今回の情報開示請求にご協力いただきました国土交通省大臣官房・鉄道局の関係者の皆様に心よりお礼申し上げます。
線路使用料の「アボイダブルルール」
アボイダブルコスト(回避可能コスト)とは、ある事業を行わなかった場合に発生が回避されるコストを意味します。JR貨物が旅客会社の線路を使用して貨物列車を運行する際の線路使用料はこのアボイダブルコストの考え方が適用され、貨物列車が運行しない場合に発生が回避されるコストのみが線路使用料として請求される仕組みです。このため、保線区の人件費などの「固定費」は、貨物列車を運行しない場合であっても発生する費用とみなされ、JR貨物には請求されません。
これは非常に不思議な制度です。貨物列車を運行する線区では重量の重い列車を運転するために線路の保守に要する要員も多くなり、人件費負担や設備投資による減価償却費が増加すると考えられます。また、東海道本線のように昼夜問わず貨物列車が運転される線区では旅客列車の運行本数が制約され、旅客列車を運転できなかったことによる機会損失も発生するだろうと思います。アボイダブルルールのもとでは、このような費用はJR貨物に請求されず、旅客会社の手弁当になることになります。
ちなみに、このルールは単なる慣習や旅客会社の善意で決まっているわけではなく、JR本州3社の完全民営化を前に国土交通省が告示した「新会社がその事業を営むに際し当分の間配慮すべき事項に関する指針」にて定められているものです。
新会社は、その敷設する鉄道線路(鉄道線路に係る電気関係施設を含む。以下同じ。)を貨物会社に使用させる場合には、貨物会社との協議を経て、貨物会社が当該鉄道線路を使用することにより追加的に発生すると認められる経費に相当する額を基礎として、貨物会社が新会社に支払うべき当該鉄道線路の使用料を定めるものとする。これを変更する場合も、同様とする。
「新会社がその事業を営むに際し当分の間配慮すべき事項に関する指針」(平成13年国土交通省告示第1622号)より
この「指針」には法的拘束力があり(旅客鉄道株式会社及び日本貨物鉄道株式会社に関する法律の一部を改正する法律(平成13年法律第61号)附則2条以下)、少なくともこの指針が有効とされている「当分の間」はアボイダブルルールは安泰ということになります。(※2021年9月12日上記2段落追記)
さて、具体的にこのアボイダブルルールのもとでどのような費用がJR貨物に請求されているのでしょうか。開示請求で得られた文書をもとに解明していきたいと思います。
線路使用料の算出方法と線路の使用条件
今回の開示請求により開示されたのは、JR旅客会社各社から提出された「鉄道線路の使用条件の変更認可申請書」とM250系貨物電車(スーパーレールカーゴ、SRC)が運行されている本州3社から提出された「電車型貨物列車に関する鉄道線路の使用条件の変更認可申請書」の計9文書です。これらは、鉄道事業法15条の規定により国土交通省に提出された行政文書です。本章ではこれらの資料をもとに線路使用料の算出方法や、その他線路の使用条件について解説していきます。
機関車牽引の貨物列車の線路使用料の算出方法
機関車牽引の貨物列車の線路使用料は、次の式で算出されます。
軌道使用料(A) | 単価×機関車走行キロ |
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電気関係施設使用料 | 電車線路設備(B) | 単価×パンタキロ |
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電力設備(C) | 単価×負荷設備容量 |
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信号設備(D) | 単価×列車キロ |
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通信回線設備(E) | 単価×通信回線数 |
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線路使用料 | (A+B+C+D+E)+消費税 |
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なお、電気関係施設使用料のうち電車線路設備はいわゆる架線(架空電車線)のトロリー線の交換等に要する費用、電力設備は変電設備の保守等に関する費用だと考えられます。
よく知られているように、貨物列車が貨車を何両連ねているかに関わらず、軌道使用料は機関車の走行キロのみによって決まります。本来貨物列車の編成両数が長いほど軌道に対する負担が大きくなるはずですが、国鉄分割民営化直後は日によって編成両数が変わる専用貨物列車が大量に残っており、車両キロで線路使用料を計算するのが現実的でなかったのかもしれません。ただ、後述するように単純に機関車キロを削減するだけで軌道使用料を削減できる訳ではありません。この点を考察するには、線路使用料の単価の計算方法が必要になります。
それでは、線路使用料のそれぞれの項目の単価はどのようになっているのでしょうか。開示された資料では具体的な金額や数値、算出式がすべて黒塗りされ不開示となりました。しかしながら、線路使用料の単価の決定にどのような数値が使用されているかは分かります。軌道使用料を例に取ると、以下のような数値を組み合わせて単価が算出されているようです。
- 軌道修繕費
- 換算車両キロ(=車両キロに車両の積車状態の総トン数の10分の1を乗じた数値、旅客・貨物・SRCそれぞれ)
- 列車設定キロ(旅客・貨物・SRCそれぞれ)
- 列車運転時分(旅客・貨物・SRCそれぞれ)
- 平均速度(旅客・貨物・SRCそれぞれ)
- 客貨速度比
- 電車速度比(=旅客電車とSRCの速度比)
- 貨物機関車キロ
- 物価上昇率(前年度実績の数値をもとに今年度の使用料を算出しているため)
- このほか、開示資料では明示的に確認できませんでしたが、前述論文・書籍通りであれば旅客会社の利益分にあたるインセンティブ率1%が加算されているとみられる
上記はSRCの有無や細かい順番を除き、旅客6社でほぼ同様でした。実際の計算式は推測することしかできませんが、わざわざ換算車両キロを記載している以上はこの数値を何らかの形で計算に用いていると考えるのが自然です。列車設定キロは運転時分とともに平均速度の算出に使用していると仮定すると、換算車両キロと速度比をもとに軌道修繕費の配分を決めていると考えられます。すなわち、軌道修繕費の総額を換算車両キロと貨客の速度比によって按分して修繕費の貨物会社負担分を決定し、それを貨物機関車キロで割って単価を算出していると考えられます。これは、前述『現代の鉄道貨物輸送』に記載されている1995年時点での軌道使用料の計算方法にも合致するので、まず間違いないと考えられます。第三セクター鉄道において線路保存費の変動費が換算車両キロをもとに配分されていることとも整合します。
軌道使用料=軌道修繕費のうち変動費相当分(約六十%)を旅客列車と貨物列車の通過トン数比、速度比に応じて負担
『交通ブックス106 現代の鉄道貨物輸送』中島啓雄著 成山堂書店
また、電気関係施設使用料は下記の数値(+物価上昇率等)をもとに算出されています。
電車線路設備使用料 | トロリー線修繕費、パンタキロ(旅客・貨物・SRCそれぞれ) |
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電力設備使用料 | 電力機器修繕費(一般修繕費(A)、検修修繕費(B)、A+0.3B)、全負荷設備容量 |
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信号設備使用料 | 年間列車キロ(旅客、貨物、SRCそれぞれ)、修繕費(一般(A)、検修(B)、A+0.4B) |
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通信回線設備使用料 | 修繕費、回線数 |
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資料からは直接具体的な計算式を読み取ることができませんが、概ね参照される数値の内容から想像されるような計算式だと思います。
ここから分かることは、2車体永久連結の両数の数え方は軌道使用料の総額にほとんど影響しないということです。というのは、旅客会社と貨物会社がそれぞれ総額で負担する軌道修繕費は換算車両キロで按分されるため、機関車の両数をどう数えるかは無関係です。2車体永久連結の機関車を1両として扱えばその年度の機関車キロの削減には貢献しますが、換算車両キロはそのままで機関車キロだけ削減しても翌年の軌道使用料単価が高くなるだけで、全体としてJR貨物が負担する線路使用料には全く影響しません(重連運転を解消した初年度は多少安くなるかもしれません)。一方で、2車体永久連結化に伴い車両重量を軽減できたり、パンタグラフの数が半減する(直流区間であれば4台→2台、交流区間であれば2台→1台)ため、軌道使用料や電車線路設備使用料の削減に大きな効果があること自体は誤りではありません。
JR西日本の書類では計算式の黒塗りに一部漏れがあり、電力設備使用料、信号設備使用料の算出に使用される修繕費のうち検修に要する修繕費が6割または7割程度割り引かれていることも分かりました。
電車型貨物列車(SRC)の線路使用料の算出方法
SRCの線路使用料は前述の機関車牽引の貨物列車とほぼ同様ですが、機関車キロではなく列車キロをベースに算出されるのと、電力使用量に比例する電力料が請求されることが明文化されているのが特徴です。電力料は電力料単価×列車キロ×電力消費率で計算されますが、JR西日本とJR貨物の間の契約書のみ「電車型貨物列車の運転に起因して甲(JR西日本)が支払う電力料金が著しく増加した場合は、乙(JR貨物)が甲に支払う電力料について甲乙が別途協議を行うこととする。」という条項があります。
その他使用条件
線路使用料の金額以外の特筆すべき事項としては、次のようなものがあります。
- 使用料の支払は月末締めの翌月20日払い。ただし、電力設備と通信回線設備に関する使用料は年間で課金されるため、年間の金額の12分の1を毎月支払う
- 鉄道線路の維持管理や事故の復旧は原則JR旅客会社が行う。ただし、JR東海では、「従来の概念に基づかない新しい車両の導入であり、事故の復旧は新たな技術が必要となるため」(同社契約書)、SRCの事故の復旧は原則JR貨物が行い、JR東海はJR貨物の要請があった場合JR東海が必要と認める限り行うとしています(JR西日本も同様)。一方、JR東日本の契約書の相当する条項では、JR東日本管内のSRCの事故復旧はJR東日本が行うとされています。
むすび
本記事では、JR貨物がJR旅客会社に対して支払う線路使用料について情報開示請求により得られた資料をもとに解説しました。本記事で示したとおり線路使用料は貨物列車の運行に要する経費のうち一部しか請求されていません。特に貨物列車の本数の少ない線区では、軸重の重い貨物列車を運行するための線路の保守コストに比べてアボイダブルルールに基づく線路使用料があまりにも低くなることが考えられます(もちろん、今回開示された文書以外に別途何らかの取り決めをしている可能性はありますが)。旅客会社が持ち出しで負担している経費は国民が旅客運賃の形で間接的に負担しており、今後JR貨物が上場する場合には何らかの形で相当の負担を求めることが必要になると思います。
また、もし本記事で推測した軌道使用料単価の算出方法が正しければ、2車体永久連結の機関車は車両重量やパンタグラフ数の削減によって軌道使用料や電車線路設備使用料の削減に大きな効果を発揮するものの、2車体永久連結の機関車を1両と数えること自体は線路使用料の削減に寄与しないと考えられます。
使用料や電力料の課金対象が明らかになった一方、単価の計算方法については細かい計算式が開示されず、不明な点が残りました。引き続き資料を調査していきたいと思います。
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