【乗客減に拍車?】JR西日本が「必殺徐行」をする理由

はじめに

乗客数の少ないローカル線では赤字削減のため様々な合理化が行われていますが、そのなかに鉄道ファンから「必殺徐行」と揶揄される徐行運転があります。これは、ローカル線の駅間に25km/hなど非常に低速の徐行区間を設ける措置です。区間によってはこの徐行運転によりJR発足前後と比較して所要時間が約2倍となっている場合もあり、ローカル線の乗客離れの一因となっているという見方もあります。JR西日本がローカル線の数多くの区間で行っていることで知られていますが、JR東日本、JR東海など他社でも例があるようです。

この「必殺徐行」、行われていることは誰でも知っているのですがなぜ行われているのかについて詳しく解説されている記事はありません。Googleで「必殺徐行」と検索すると、一番目にニコニコ大百科の記事が出てくるほどです(記事執筆時点)。

作業員の巡回による保守点検を廃止した区間などで運転士が目視による安全確認を行いながら列車を運行するため、列車の速度を時速25km/h程度に制限し、保守点検にかかる費用をケチることである。

ニコニコ大百科「必殺徐行」

これはもちろん事実ではありません。例えば25km/hの徐行区間のある芸備線東城~備後八幡間では、週1回の列車巡回のほかに70日に1回の徒歩巡回で線路の巡視が行われています(2021年現在、芸備線脱線事故調査報告書 p.18)。この記事では、どのような区間が徐行の対象となっているのか、なぜ徐行が行われているのかについて考察していきます。

徐行運転の特徴

徐行運転は、主に次のような区間のうち、見通しの悪いカーブで行われています。

  • コンクリートで固められてない法面に面する区間
  • トンネルの出入口付近

1日に列車が数本しかない芸備線のようなローカル線はもちろん、呉線のような電化線区や紀勢本線のような特急列車も運転されている線区でも必殺徐行が行われている例があります。徐行区間は見直しが行われる場合もあり、時折制限速度が向上したり、新たに徐行区間が設定されることもあります。

徐行区間の例

一方、長大トンネルの内部や見通しの良い築堤で定常的な徐行運転が行われる例は多くありません。このことから、いわゆる「必殺徐行」の理由は単なる構造物保守費用削減ではなく、斜面からの落石や土砂崩れによる脱線防止ではないかという推測ができます。

このような「必殺徐行」、いつから始まったのでしょうか。区間によって異なるようで詳しくはわかっていませんが、例えば芸備線備後落合~比婆山間は、2008年春のダイヤ改正前後から所要時間が伸びており、この区間ではこの時期からいわゆる「必殺徐行」が始まったと推測できます。同年5月には2ch(現5ch)にて「【JR西】必 殺 15㌔徐行【なめとんのかゴルァ】」と題するスレが立てられており、これが現在Google検索にて確認できるインターネット上の「必殺徐行」の最古の用例となっています。

芸備線備後落合~比婆山間で「必殺徐行」が開始される直前の2007年11月には、津山線にて落石による脱線横転事故が発生しています。同様の事故は中国地方のローカル線で過去に多発しており、特にJR西日本では2005年に発生した福知山線脱線事故を受けて安全対策の重要性が叫ばれていた時期でした。もしこの事故が「必殺徐行」の導入と関係があるのであれば、やはり落石による事故防止のための安全対策ではないかと考えられます。

ちなみに、過去には(遅くとも2014年春頃まで)速度制限の「25」などの標識の下に「雨15」と書かれた青地のプレートが設置されていた例があり、場所によって雨天時にはさらに速度が引き下げられていたことが分かります。これも、雨天時に見通しが悪くなることや落石等の発生が多くなることから「必殺徐行」が災害を懸念した速度制限と考えられるのを裏付けます。

2010年当時の徐行区間
雨天時に速度が引き下げられていた

島根県議会議事録によると

徐行区間の例

さらに調べを進めると、県内に三江線(当時)や木次線といったローカル線をかかえる島根県議会の2009年の議事録にこのような記述がみられました。

先日、鉄道関係者から、山間地を走る木次線、三江線で落石や倒木によりあわや事故になりかねない事例がたびたびあり、事故発生防止のための点検をするとともに、木次線では20カ所、三江線では46カ所において徐行運転をしながら安全確認をしつつ運行しているということを聞きました。この落石や倒木が、鉄道敷地内での発生であれば、鉄道管理者のほうで防止対策をとることもできるのですが、敷地外の沿線の山からの落石等では防ぎようがないとのお話でした。

島根県議会平成21年2月定例会第6日目議事録 角智子議員の質問より

この「鉄道関係者」の証言が正しければ、いわゆる「必殺徐行」は落石や倒木の恐れがある区間で、事故防止のため列車が安全に停止できるような速度で走行するためということになります。線路脇で落石のおそれのある斜面はJRの所有地でないことも多く、落石ネットなどでの対策には限界があります。もちろん落石防護柵などを設置できるのが理想だと思いますが、ローカル線ではそのような設備投資は難しいということでしょうか。

もちろん、鉄道会社の経営が苦しいなかでローカル線に行うことができる設備投資は限られており、そのような中で安全を確保するために区間を指定しての徐行はやむをえないと考えています。しかし、あまりにも徐行区間を多発させれば旅客サービスの低下や乗客の安全対策への不信感は無視できないものとなり、結果的に鉄道会社の首をしめてしまうことは間違いありません。今後も長きにわたって路線を維持していくためには公的補助も活用しながら計画的に設備投資をしていく必要があり、国や自治体もJRの自助努力に依存するのではなく、補助金や上下分離の検討など計画的に安全投資をしていくことができる環境整備をしていく必要があると考えています。

地方議会議事録の検索にはchihologを利用させていただきました。

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